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狭心症罹患の判明と治療の経緯 
                           
2025年 防衛医科大学病院(所沢)
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● 狭心症罹患の判明と治療の経緯(2025年7月 記)
  2025年3月に狭心症であることが判明し、4月30日に所沢の防衛医科大学病院で冠動脈のバイパス手術を受けました。 約20日間の入院後、5月14日に無事退院しましたが、その後は自宅で約1か月間静養とリハビリを行い、6月19日に柏崎の別荘に車を運転して 帰ってきました。まだ胸骨の癒着が完全ではないため重いものを持つことはできませんが日常生活には支障のない状態になっています。 死も意識した経験ですので、この間の経緯を以下に記しておきます。

●狭心症が判明するまでの経緯
 私の祖父母、父母の系統には心臓病で亡くなったという例は聞かないので、自分が狭心症になるとは想像もしていませんでした。 高血圧の持病はあり、家系的には脳溢血や脳梗塞が多いので、自分も多分その関連で逝くのだろうと考えていました。
 今回の手術に至るまでに以下のような体調不良がありましたが、思い返してみると狭心症の前兆だったのかもしれません。
 @ 2019年9月13日 栃木県に住む孫の授業参観に行こうとしましたが、出発して15分くらいのところで気分が悪くなり、救急車を呼んでかかりつけの病院に搬送してもらいました。MRIで頭の異常なし、点滴を受けたら回復したのでタクシーで戻り、車を回収して帰宅しました。
 A 2021年12月3日 ホームコースに行く途中、出発して1時間弱経ったところ(飯能)で気分が悪くなり、前回と同様かかりつけの病院に救急車で搬送してもらいました。CT検査とMRI検査をしてもらいましたが異常なし、点滴を受けたら快方に向かったので電車で飯能まで行き、車を回収して帰宅しました。
 B 2024年9月頃 柏崎の別荘でスコップで側溝の掃除をしていた時、および、長柄のチェーンソーで木の剪定をしていた時、それぞれ30分くらいで体が苦しくなってやめました。以前はこのようなことはありませんでした。
 C 2025年1月末 妻の7回忌の案内状を150mほど離れたポストに投函して帰る途中、急にくらくらして立っていられなくなりました。しゃがむと回復、立ち上がるとまたくらくらを3,4回繰り返してようやく歩けるようになり、ゆっくりと自宅に帰りました。途中に20段ほどの階段があり、道も緩やかな坂になっているところです。
 D 2025年2月
  ・朝70mほど離れた集積所にゴミを捨てに行って帰る途中坂道を登り切ってから苦しくなりました。
  ・近くのスーパーに行ったところ気分が悪くなり、悪寒もしたので20分ほど椅子に座って休憩しました。
   (後で考えるとこれは狭心症の発作だったのではないかと思われます。)
  ・隣の階段の3階へ所用で行って帰ってきたら苦しくなってベッドに倒れこんだことがありました。
  ・100mほど離れた駐車場から歩いて帰ると家に近づいたところで苦しくなりました。
 以上のような体調不良がありましたので、かかりつけの彩のクリニックに通院して何回か調べてもらいましたが原因がわからず、 めまいの薬などを処方してもらっていました。耳に原因があるかもしれないということで2月26日に耳鼻科で平衡感覚などいろいろ調べて もらいましたが異常は見つかりませんでした。
 その耳鼻科の医師が神経内科に見てもらったらと言うので3月4日に彩のクリニックの神経内科医に状況を説明したら、狭心症かもしれないので 循環器内科を紹介してくれました。隣の診察室の循環器内科の先生に状況を説明したところ、狭心症の可能性大ということで、防衛医科大学病院を 紹介してくれました。
 早速防衛医科大学病院で受診(3月5日、11日、19日)した結果、狭心症という診断を受けました。

● 冠動脈バイパス手術の状況
 狭心症の診断を受けた時、前年(2024年)の秋にゴルフで一緒に回った人が、狭心症でカテーテル治療を行い、冠動脈にステントを入れて対処した というのを思い出しました。その人によると、病院に行ったら即手術と言われて治療してもらったが1,2か月でゴルフに復帰したようなことを 言っていました。その人はゴルフはシングルハンディの腕前で飛距離も私より飛んでいました。
 そこで狭心症の診断を受けた時、私もカテーテルでステントなのかなと気軽に考えていました。これなら開胸手術は必要ないので入院も短くて済みます。ところが、私の場合は、X線検査では不具合状況がはっきりわからず、治療方針を見極めるために3月20日から2泊3日の検査入院が必要とのことで、 カテーテルから造影剤を入れて心臓の冠動脈の検査をしてもらいました。その後4月7日、16日、22日と追加の受診をした結果、冠動脈3本とも動脈硬化が進行しており、 ステントによる血管拡張が難しい状況のため、バイパスを3本追加するのが最適と診断されました。そこでバイパス手術を4月30日に行うこととし、 入院は2日前の4月28日に決定しました。
 宇都宮の次男に連絡したところ、手術の朝病院に来てくれました。朝手術前に結婚指輪が外れないということで、病院が用意してくれた指輪カッターで 外そうとしましたが、なかなか切れず、看護師と息子も手伝ってくれて何とかカットしました。これは、手術で電気メスなどを使うときに体に電気が流れて 指輪が発熱し、指がやけどを負う可能性があるからとのことでした。
 手術は9時開始で、終わったのは15時前。約6時間かかりました。私の場合は、心臓を1時間くらい止めてやる方法だったらしいですが、全身麻酔を かけているので、全く痛みも何も感じませんでした。15時過ぎに息子は主治医に呼ばれて手術の結果の説明を受けたそうです。

● 手術後入院中の状況
 私は手術後ICUに移動され、夕方麻酔を弱めて意識があることの確認を取ったのち、翌朝までまた麻酔で眠らされました。手術前に、意識が戻れば一応 成功だと聞いていたので朦朧とした意識ながら「何とか生き延びた」と思ったものです。  しかし、麻酔から覚めると各種検査機器、点滴、酸素吸入器、排尿バッグなどが体につながれ、全く身動きが取れない体勢になっていました。 ベッドは背中の圧力を変えて床ずれを防止する高級品でしたが、柔らかすぎて寝心地は最悪でした。
 ICUには4月30日夕から5月3日朝まで丸3日いました。 当初の予定より1,2日長かったのですが、これは尿の出が悪かったのも一因だったようです。しかし、これは尿パイプからの排尿がうまくいかず、 パイプの外側から紙パンツに漏れているのが原因でした。
 食事は手術の翌日から出ましたが、ほとんど食欲がなく、果物以外は食べられない日が 5,6日続きました。体の痛みは痛み止めを飲んでいてほとんど感じなかったのですが、手術中に人工呼吸器のパイプを肺まで通していたため、 手術後数日間はほとんど発音ができませんでした。
 5月3日朝に一般病棟に戻ってからも、のどの違和感は消えず、痰(たん)を出したい気がするが、 出そうとするとのどがひどく痛む状態が続きました。これは推測ですが、パイプを入れていたためのどに炎症ができたためかと思います。 一般病棟に移る前に体につながれていた機器が外され、解放された気分になりました。ベッドもシンプルなものに変わりましたが、これが一番快適に 思えました。退院時期は未定で、体の回復状況を見て判断することになりました。結果的には、手術から2週間後の5月14日に退院しました。
 なお、手術から入院の前半まではちょうどゴールデンウイークだったこともあり、宇都宮在住の次男が1週間ほど所沢の家に滞在し、時々見舞いに 来てくれました。5月5日には孫も来てくれましたし、横浜から愛媛県に転勤した長男も見舞いにかけつけてくれました。面談時間は2,30分と 短いものでしたが、いろいろ近況を聞いたりできて元気をもらいました。

● 退院後の状況
 5月14日に退院後は自宅でリハビリを行うこととし、毎日約1q離れた図書館に徒歩で往復することにしました。図書館で10分ほど朝刊に目を 通してから、少し遠回りをして帰るということを約1か月繰り返しました。最初は足腰が苦しく、片道3か所ほどで休憩をとっていましたが、 だんだん慣れてきたので2週間ほど経過してからは休憩なしで早足で歩くようにしました。往復で約2600歩しかありませんが、心臓手術後の 身としてはやや負荷を感じる運動になっていました。自宅近辺は丘陵地にあるのでアップダウンがあり、平地よりはきつく感じます。
 また、退院時に主治医から、近距離の運転許可を得ていたので2日に1度は近所のスーパーに買い物に行っていました。これは歩数では約1000歩の 運動になっていました。
 退院後の通院は5月19日、29日、6月9日、19日の4回行い、最初の3回は血液検査、心電図、X線撮影で特に異常がないことが確認できました。主治医に新潟でしばらく過ごしたいと申し出て許可を得たので次回の検診は8月25日ということで薬を処方してもらいました。そこで、 6月19日の診断が終わったその足で新潟(柏崎)の別荘に約4時間かけて車で帰ってきました。

● 別荘での状況
 例年だと4月中旬には帰っていたので、家の周りの芝と草が気になっていました。実際、6月中旬に帰ったら家の周りの草が伸び放題で、 私の手持ちの草刈り機では手に負えないのと、胸骨の癒着がまだできていないため無理な力仕事は避けるように言われていましたので、 外注を検討しました。
 最初、13年ほど前に家づくりでお世話になったシルバー人材センターに 当たりましたが、お盆まで予約がいっぱいで予約を停止しているとのこと。そこで紹介してもらった個人営業の業者も同じ状況でした。
 あきらめかけていたところ、ネットで草刈商会という個人業者が見つかり、ハンマーナイフモアを使ってやってくれることになりました。 250円〜/坪とあったので裏の畑地(153坪)だけで38250円もかかるのか?と心配になりましたが、とりあえず現地を見て見積もりをしてもらいました。
 最初2万円でどうですかと言われ、予想より大幅に安かったので、前の畑地と休耕田跡(200坪強)も含めて3万円では?と言ったところ、 快諾してくれました。結果的には85円/坪と約1/3の単価になりました。
 2週間後の7月6日(日)に作業をしてもらいましたが、驚いたことに社員3人押しかけて、新品のハンマーナイフモアで午前中にきれいに草刈りをしてくれました。 この機械は80万もしたそうで、私が最初の客だったそうです。というよりも、ネットで広告していた機械は友人の機械で撮ったもので、 私から受注したのを機により強力な機械を導入してサービスを開始したのだそうです。こんな商売していて大丈夫か?とこちらが心配になりますが、 3人は会社を通じての友人同士で、休祭日の副業としてこの商売をやっているのだそうです。(別掲記事予定)

 いったん草刈りをして地面が平らになった後は、私の手持ちの草刈り機スパイダーモアSP850Aで2〜4週間ごとに作業をすればきれいに保つことが できます。しかし、SP850Aは3年前ヤフオクで8万5千円で買ったのですが、足回りの調整(クラッチなど)がうまくできず、スピードが期待していたほどでないので、 これはヤフオクで売却することとし、最近発売された自走式の芝・草刈り兼用機PLOWのGC530E(値引き後96800円)を7月17日に購入しました。 これは芝刈も兼用で、パワーが強力なので、裏畑地は30分、前畑地と休耕田跡は4,50分で草刈りできます。家回りの芝刈りも手持ちのホンダ芝刈機 より1.5倍ほど高速に処理できます。(別掲記事予定) これらの費用は入院中に行っていた株取引での儲け(約24万円)で賄いました。

● 今後の見通し
 今年も猛暑が続いているので、ほとんど家の中で過ごしていますが、秋になったらゴルフに復帰できると期待しています。 次の診察が8月25日なので、その前に所沢に帰る予定です。一応、順調に回復しているのではないかと思います。胸骨の癒着はよくわかりませんが、胸ががっしりしてきたような感触はあります。しかし、みぞおちのへこみとその上の突出度合いが 以前よりも大きくなったような印象があります。鳩胸とか漏斗胸程極端ではないですが、次回の検診で見てもらう予定です。
 この手術により、何年か生きながらえたのではないかと期待していますが、いずれ逝くときは安楽に行けることを願っています。とりあえず、春に予定していた妻の7回忌を秋に行うか否かは次の診断のあと決めたいと思っています。