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前立腺肥大症の治療経緯 
                           
2024年7月5日 母屋&書斎小屋
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● 前立腺肥大症他 持病の治療経緯(2024年7月 記)
 私は持病として高血圧、緑内障、前立腺肥大症の3つを持ち、10数年治療を続けてきました。いずれも3か月に1回専門医に受診し、3か月分の薬を処方してもらうことの繰り返しです。

 このうち、高血圧と緑内障は症状にほとんど変化はありませんが、前立腺肥大症は頻尿の症状が年々悪化し、飲み薬で改善できない状態になったため、本年(2024年)1月に手術を行い、6月になってようやく完治しました。

 この10数年にわたる前立腺肥大症治療の経緯およびその他の病歴を振り返ってみたいと思います。

 明確な時期は覚えていませんが、会社勤めをしていた2008,9年頃、健康診断でPSAが8という結果が出ました。PSA4以上は「前立腺がんの疑いあり」ということで、勤務先に近いお茶の水の日大病院の泌尿器科で受診したところ、肛門から指を挿入する触診検査では前立腺の硬化はそれほど見られず、前立腺肥大の診断をされました。
 しかし、がんの疑いも払しょくできないため、次回の受診で生体検査をしてもらいました。生体検査は会陰部(陰嚢と肛門の間)から針を刺して前立腺の組織を採取し、がん細胞の有無を検査するものです。針は8回刺し、かなり痛かった記憶があります。結果は陰性でした。
 1年後にもう一度生体検査をしてもらいましたが、やはり陰性でしたので、その後は前立腺肥大の薬を服用するとともに、半年に1回PSA検査をしました。PSA値はその後手術前まで8〜11の間で比較的安定していました。

 前立腺肥大の診断を受けたころ、同じゴルフ場(彩の森CC)のメンバー仲間のOさん(2歳年下、独身)と話していたら、彼もPSA10位で前立腺肥大だと言っていました。年に数回は一緒にプレーしていたのですが、
10年ほど前から全く見かけなくなり、安否を心配しています。
 5年前に妻がなくなった後、日大病院への通院(片道1.5時間)がきつくなり、市内の泌尿器科(車で15分の戸田クリニック)に転院させてもらいました。この病院の医師は頻尿に対して、薬の処方とともに、排尿を我慢する訓練をするよう毎回指導しました。しかし、頻尿は進行し、日に10数回になることもありました。
 その結果、この医師は手術を勧めるようになり、手術の方法と病院のリストをくださいました。ただ、手術するか否かは本人の意思次第とのことでした。生死に直接かかわることではないので、手術は強要しないが、さらに高齢になってもっと悪化したら大変になるとのことでした。

 それで、もらったリストにある専門医(10か所程度)のホームページを読み込み、手術方法と実績を調べた結果、最近主流のPVP手術(前立腺レーザー蒸散術、Photoselective Vaporization of the Prostate)で実績のある国立市の長久保病院(電車利用で1時間半)で手術を受ける決断をしました(2023年10月)。
 この病院を選んだ理由は、PVP手術が比較的体の負担が小さいこと、PVP手術を業界で早くから採用し、1800件以上の実績があること、現院長(相続ではない2代目)が学会活動に活発で、前立腺肥大に関する論文を10件近く発表していたことです。PVPに関する論文は3,4件読みましたが、方法論、実績ともに信頼できそうでした。
 手術を決断したら、戸田クリニックの医師は紹介状を書くとともに、この病院は卒業ですと言って、手術までの薬を処方してくれました。なお、長久保病院での手術は約2か月待ちで、2024年1月13日になりました。
 手術の予約をした後、2023年11月にホームコース(彩の森CC)でゴルフをした際、同伴者T氏と話していたら、全くの偶然ながら、T氏も数年前に長久保病院でPVP手術を受けたとのこと。彼はこの手術は非常に楽な手術で、術後の回復も非常に早く、苦しんでいた頻尿がウソのように治った。もっと早くやればよかった。エッチもできたしとのおまけつき(彼は50代の奥さんがいて、一緒にゴルフ旅行もあちこちでしている由)。この話を聞いて、手術に対する不安が一掃され、待ち遠しいほどになりました。

 2024年1月12日(金)午後に長久保病院に入院し、手術に関する説明を受けた後、翌13日(土)9:00に手術室に入りました。まず、横向きに寝て脊椎に注射をして下半身麻酔をかけられました。麻酔は数分で効き始め、仰向けに寝て右側にある大画面のモニターで手術の様子を見ながら、2時間超じっと終了を待ちました。手術は、尿道からファイバーを差し込み、先端のレーザーで前立腺の内側をぐるぐる回しながら蒸散させるものです。ホームページの動画であらかじめ見ていましたが、この手術は結構雑だなと思います。後で医師から聞いた話では、私の前立腺は140ccくらいまで肥大しており、正常(20t)の7倍もあったようです。3か月後の診断で40ccまで縮小したとのことですので、3分の2削ったことになります。肥大の程度が大きいのでそれだけ手術の時間も長かったようです。
 手術室から出て病室に戻ったのは12:00を過ぎていましたので、実際の手術は2時間半を超えていたようです。この後は翌朝まで、体を動かさないで仰向けにじっとしていることを要求されましたが、これが非常にきつかったです。手術自体は麻酔が効いていたので、ほとんど苦になりませんでしたが、麻酔が覚めた後、強い尿意と便意が20時間ほど継続してこれを我慢するのがつらかったです。14日(日)の夕方頃には体はだいぶ楽になりましたが、尿漏れと血尿が出るので、紙パンツと尿取りパッドを手術直前から装着しました。血尿は15日(月)朝までに薄くなり、予定通り、朝食後9:00に入院費用を清算して退院しました。3泊4日の入院でしたが、病院にいたのは実質2.5日で、費用(2割負担)は約6万円でした。

 退院後は尿漏れ対策に骨盤底筋体操を行うように言われ、ネットを参考にいろいろ試しましたが、あまり効果がなく、尿漏れが止まりませんでした。1か月後検診が2月13日にあり、普通の人はこれで受診終了となるのですが、私の場合は、肥大の程度が大きかったせいか、不合格で、4月16日に再受診となりました。この3か月後の受診では、排尿の勢いと残尿は合格でしたが、尿漏れはわずかですがありました。医師によると尿漏れは必ず治るので、骨盤底筋体操を継続することで診療は完了ということになりました。

 頻尿は治ったので、日常生活は問題なくなったのですが、尿漏れがなかなか治らない状態が続きました。何かの拍子に少し漏れることがあり、漏れるきっかけは下腹部に力が入ったとき、食器を洗うなど水を流しているとき、草刈りなどの作業(運動)を数時間やった後などに起こる傾向がありました。しかし、漏れは予想も制御もできないので尿取りパッドはなかなか外せませんでした。普通のパンツでは尿取りパッドを固定しておくのが難しいため、結局紙パンツもはき続けました。
 しかしながら、さすがに6月になったら漏れはなくなり、普通のパンツだけで済ませられるようになりました。前述のT氏の場合は1か月もしないで完治したようですが、私の場合は肥大の程度が並ではなかったため完治まで5か月もかかったようです。いずれにしろ、15年ほど付き合った前立腺肥大症とは完全に訣別することができました。

 緑内障は日常生活にはほとんど支障がないレベルですが、ゴルフの飛球を追うのが困難なため、いつも同伴者に球の行方を追ってもらうようスタート時に依頼しています。ナイスショットをしても自分の球がほとんど見えないのでゴルフの楽しみは損なわれますが、スコアはここ数年変わりなく、平均が90台で、90切りが1割強といったところです。

 高血圧は薬の服用で安定していますが、かかりつけの近所の病院が移転したため、2024年4月に病院を変えたところ、血液検査の結果、腎機能が低下しているので薬を変えるといわれました。2種類の機能を一つにまとめたという薬(レザルタスLD)を1か月間服用したのち、再度血液検査をした結果、異常は認められないので、新しい薬を継続することになりました。なお、塩分は1日9g以下に抑えるよう注意されました。定量的なコントロールは自分では無理なので、漬物などは控えるように心がけるだけです。

 持病が減って安堵していたところ、5月中旬に突然丹毒という病気にかかりました。当初右耳の下あたりが腫れてきたので、耳鼻科に見てもらったところ、帯状疱疹かもしれないので数日様子を見るように言われたのですが、急に悪化してきて顔のほうまで腫れが広がりました。耳鼻科の医師は、耳が原因ではなく自分では診断できないので、皮膚科を紹介してくれました。
 皮膚科に行ったら、38度の発熱があることが分かり、丹毒です、と即断されました。悪化すると入院になりますよと脅され、抗生剤を処方してくれました。その日から3日間は顔を氷で冷やしながらずっと家で寝ていました。その結果、顔の腫れがおさまり、元の顔に戻すことができました。
 最悪の時(診断の翌日)は鼻と左右の頬が腫れて盛り上がり、人前に出られない醜い顔になっていました。丹毒になった原因は不明ですが、ネットで調べると、ウイルスが皮膚に入り込んでなるようです。もともと体に残っていたウイルスが免疫力の低下によって出てくることもあるようです。後から考えると、丹毒になる数日前、体がだるく、疲れ気味だったことから、免疫力の低下があったことは確かなようです。

 以上、私の闘病について述べましたが、団塊の世代で2024年3月に後期高齢者(75歳)になった身としては、いつ逝ってもおかしくないのですが、まだ週1ゴルフが続けられるのは幸いです。
 いつか孤独死ではないピンピンコロリになることを祈っている今日この頃です。